2021年3月30日放送 - え:縁起だるまの少林山


この札は高崎市にある少林山達磨寺を詠んだ札です。

 

高崎のだるまの全国シェアは約80%であり、言わずと知れた群馬を代表する伝統工芸です。今でも70名の職人がその伝統を継承しています。

 

そもそもなぜ高崎でだるまの生産がさかんになったのか?それは『あ:浅間のいたずら鬼の押出し』に詠まれている浅間山の大噴火が発端だと言われています。

当時の噴火によって『天明の大ききん』が起こり、県内の農作物は大打撃を受ける訳ですが、そのききんに苦しむ農民を救うため達磨寺の九代目の和尚がだるまの作り方を人々に教えました。

群馬の乾燥した気候はだるま作りにとても適しており、農家の副業として徐々に広まっていったのです。

 

 

また当時は色塗りに使う材料がなかなか手に入らず、生産量はそれほど多くありませんでしたが、1859年に横浜港が開港したことで海外から赤の顔料が輸入されるようになり、だるまの生産量も上がっていったと言われています。

 

 

そして「え」の札について群馬県の皆さんに是非知ってほしいのは、絵札にはだるまの上に北斗七星が描かれているものの星が6つしかないということです。この理由を皆さん御存知でしょうか?

達磨寺では人間の運命に関わる大切な星として北斗七星を本堂におまつりしているのですが、県民一人ひとりが7つ目の輝く星になるようにという制作者の思いが描く為、あえて札には6つしか描いていないのです。

 

 

ききんに苦しむ農民を救った高崎だるま。コロナウィルスの先行きがまだまだ不透明な現代ですが、だるまのように何度も起き上がってこの現代の苦しみを乗り越えたいですね。