KING OF JMKとは?


KING OF JMK(キングオブジェイエムケイ)とは、大人の上毛かるた日本一を決める『史上初の上毛かるたの全国大会』です。

JMKは『JouMou Karuta』の略です。

2013年に第1回大会を銀座にある群馬のアンテナショップ『ぐんまちゃん家』で開催して以来、毎年2月に 東京で大人達のアツい戦いが繰り広げられています。

 

 

1947年に製作された上毛かるた。約70年の歴史があるこの群馬を代表する郷土かるたは全群馬県民に愛され続け、『群馬県民ならば全札を暗記していて当たり前』とまで言われています。

 

そんな状況ですから、小中学生時代に上毛かるたと共に過ごした群馬県民は今や北は北海道から南は沖縄まで各所散らばっています。
その全国に散らばった上毛かるたの『猛者』達を一同に集め、真の日本一を決めようというのがこのKING OF JMKです。

さらに、東京でこの全国大会を開催することにより、他県の方々も多数来場されます。
そんな方々に、上毛かるたを通じて少しでも群馬の素晴らしさを知ってもらい、『ブランド力がない』と言われる群馬のイメージアップに貢献しようというのが主催者サイドの思いであり、あえて東京開催にこだわる理由です。

 

上毛かるたとは?


上毛かるた(じょうもうかるた)は、1947年(昭和22年)に発行された群馬を代表する郷土かるたです。全44枚あり、群馬県の名所旧跡や輩出した人を札としています。ちなみに『上毛』とは群馬県の古称です。

 

1946年(昭和21年)、旧制前橋中学出身の浦野匡彦氏(のちの二松学舎大学学長)は満州から故郷・群馬へ引き揚げ、恩賜財団同胞援護会県支部を取り仕切り、戦争犠牲者の支援に取り組んでいました。

敗戦後の世情は混乱し、戦争孤児や寡婦などの境遇は悲惨なものでした。

またGHQの指令により、学校教育での地理・歴史の授業は停止されていました。

その為、人一倍郷土を愛し誇りに思っていた浦野は、群馬の子供たちには愛すべき故郷の歴史、文化を伝えたいという思いを募らせていきました。

 

そんな中、1946年(昭和21年)7月15日に前橋で開かれた引揚者大会で、浦野は安中出身のキリスト教伝道者、須田清基と出会い、かるたを通じて群馬の歴史、文化を伝えることを提案されます。

1947年(昭和22年)1月11日の上毛新聞紙上で構想を発表し、県内各方面から題材を募った。郷土史家や文化人ら18人からなる編纂委員会が44の句を選び、その年内に初版12,000組が発売されました。

 

翌1948年(昭和23年)には第1回上毛かるた競技県大会が開催。

毎年1~2月が上毛かるたのシーズンであり、群馬県内の子供たちは1月予選大会、そして2月の県大会に向け、冬休みを利用するなどして練習に励むのが普通です。

その為、子供時代を群馬県で過ごした人は、かるたの読み札をほぼ暗記しています。

 

2014年現在も大会は行われており、2014年で第67回を数えています。