2023年1月10日放送 - よ:世のちり洗う四万温泉


 草津や伊香保と共に”上州三名湯”と呼ばれている四万温泉。

 

古くから湯の湧き出る場所として知られていましたが、初めて湯宿が設けられたのは戦国時代末期。

当時、吾妻にある岩櫃城の城主:斎藤越前守に仕えていた田村甚五郎という人物がいました。

しかし1563年に武田勢がその岩櫃城へ攻め込み、劣勢となった越前守は城を捨てて北へと逃走を図ったのですが、この時甚五郎は主君を守る為、四万の山中に留まって武田軍の追っ手を追い払う役を買って出ました。

 

そして甚五郎はそのままこの四万に住み着き、川の中から湧き出る温泉を利用して湯宿を始めたのが四万温泉の始まりと言われています。

 

 

また四万とは「四万(よんまん)の病を癒す霊泉」という伝説に由来して名付けられており、昔から「飲めば胃腸によく、入浴すれば肌によい」と言われてきました。その為昭和29年には、病気療養に相応しい温泉として政府が指定する『国民保養温泉地』の第1号に指定されており、現在も36軒の宿が軒を連ねています。

 

また近年では、映画『千と千尋の神隠し』に出てくる湯宿のモデルとなった言われる積善館があることでも有名ですよね。

 

 

 

 

 

 

さて今回注目したいのは読み札にある『世のちり洗う』という部分。

この言葉、様々な病を癒してきたと言われる四万温泉の特徴を端的に言い表している素晴らしい表現だなと思うのですが、なぜ札の作者がそのような言葉を使ったのかは今までよく分かっていませんでした。

しかし今から6年前の2017年、その言葉の起源とされる文章が発見されたことを皆さんはご存知でしょうか?

 

 

その記述があるのは1774年に完成した『上野国志(こうずけこくし)』という当時の群馬県の総合地理書。

この中に「四万温泉記」という項目があるのですが、ここに、

 

 

「亦可以●塵膓而療俗肺矣」

(またじんちょうをあらい もってかとし しこうしてぞくはいをりょうす)

 

 

という漢文が書かれています。

 

 

 

 

これを現代語に訳すと「世の塵を洗い流し世俗な心を癒やしてくれる」という意味であり、これがかるたの読み札の基になったのではと考えられている訳です。

 

 

上毛かるたができた1947年は日本が戦後復興に向けて歩き始めた頃ですが、まだ至る所に戦争の爪痕がくっきりと残っており、人々もつらく苦しい思いを抱えて生きていました。

そんな世の中に残っている様々な塵を洗い流してほしいという願いを込めて、当時この札の作者は上野国志の一文を借りたという訳です。

 

 

戦争が終わって78年。戦後と比べれば日本は経済発展を遂げましたが、当時とは違った別の塵が皆さんを覆っているのではないかな?と思います。是非一度四万温泉へ行ってその塵を洗い流してきて下さい。

 

皆様にとって2023年が素晴らしい年であることを願っております。

 

 

20231月10日

M-wave Evening Express 84.5MHz『上毛かるたはカタル』

 

 

KING OF JMK代表理事 渡邉 俊