室町時代、1426年に開かれた館林の茂林寺。
昔、この茂林寺には守鶴(しゅかく)というお坊さんがいたのですが、ある日街から茶釜を購入して湯を沸かしたところ、どんなに汲んでも無くなりませんでした。
その為、たくさんの人に温かいお茶を振舞うことができたことから、この茶釜を”幸福を分ける”と書いて『分福茶釜』と名付けます。
しかし、のちにこの茶釜は狸が化けていたことがわかるのですが、この伝説を明治時代の童話作家:巌谷小波(いわやさざなみ)がおとぎ話として書き表し、現在に伝えられています。
今では日本人ならば1度は読んだ事のある昔話の1つですが、実はこの分福茶釜、明治・大正時代には海外でも読まれていたことを皆さんはご存じでしょうか?
そのきっかけを作ったのは、明治時代に東京で出版業を営んでいた長谷川武次郎。
武次郎は幕末の開国間もない頃、アメリカから来たキリスト教の宣教師が築地で開いていた英語塾に入塾して英語を学びます。そしてその後日本人の外国語学習の為に、在日外国人たちにも協力してもらって日本人に馴染み深い昔話を英訳し本を作ります。そして、これらの本は通称『ちりめん本』と呼ばれるようになったのです。
これは、本に使われていた和紙の表面に絹の”ちりめん”に似た凹凸があることからそう呼ばれたのですが、その手触りに加えて活版で印刷された英語の文章、更に木版で作った挿絵が上品で美しく、多くの人の目を惹きつけます。
そして日本に来た外国人までもがお土産として買うようになり、英語のみならず、ドイツ語やスペイン語、フランス語などにも翻訳されたのです。
また実際にちりめん本として翻訳された昔話は、桃太郎、舌切り雀、花咲爺さん、猿蟹合戦など現代の日本人でも知っているお話ばかり。
そしてその16番目のお話として掲載されたのが『分福茶釜』。英語名は『The Wonderful Tea-Kettle』。
もちろん今となっては大変貴重なものなので本の実物を見るのは難しいのですが、実は国会図書館のホームページへ行くと、1917年(大正6年)に刊行された分福茶釜のちりめん本の電子データをダウンロードすることができます。
驚いたのは100年以上も前のものとは思えないほど挿絵が色鮮やかであり、また書かれている英語の文章もしっかりしていて、今でも学校の英語の授業で使えるのでは?と思ってしまいます。
皆さんも是非一度ご覧いただき、当時の外国人たちにも大人気となったちりめん本を読んでみて下さい!
2025年10月28日
M-wave Evening Express 84.5MHz『上毛かるたはカタル』
KING OF JMK代表理事 渡邉 俊