2025年11月18日放送 - ま:繭と生糸は日本一


かつて日本の経済を支える産業であった繭と生糸。

富岡製糸場が稼働を開始した明治初期は日本の海外輸出額の半分が生糸であり、その3分の1が群馬県産であったと言われています。また当時、県内の約6割の世帯が養蚕農家であり、数多くの桑畑も存在していました。

 

しかし近年では化学繊維が主流となり生糸の生産は大幅に減少。県内の生産量も1968年には2万7000トン近くだったのに対し、2024年にはなんとたった15トンにまで落ち込んでいるのです。

それでも群馬は日本一の生産量を維持しているのですが、養蚕農家の高齢化もあって産業の存続は極めて厳しい状態にあります。

 

 

そんな中、群馬の養蚕農家を明治時代からずっと支えてきた施設が前橋の総社町にあります。

それは『群馬県蚕糸技術センター』。皆さんはこの施設の存在をご存じでしょうか?

 

 

 

 

 

この技術センターは、明治31年に農事試験場内に設立された蚕桑(さんそう)部が始まりであり、現在国内ではほぼ唯一と言っても過言ではない、養蚕に直結する試験研究を継続している公設試験場です。

 

 

養蚕農家に対して病害対応や飼育など様々な技術指導をしたり、また蚕の人工飼料を開発して県内外に供給したりと事業内容や功績は多岐に渡るのですが、その中でも注目すべきなのは蚕の品種開発。

 

そもそも蚕は古くから様々な品種改良を経てきた生き物。

そのため戦後の日本は生糸の品質を管理する為、国が指定した品種以外の蚕を飼育したり、その繭を販売したりすることを平成10年まで規制していたのです。

 

しかしこの間、蚕糸技術センターはより良い生糸を産み出す為に数々の蚕の品種を開発して国の指定を受けてきました。

例えば昭和25年に初めて指定を受けた『秀峰明月(しゅうほうめいげつ)』や『利根秀水(とねしゅうすい)』、『榛名刀川(はるなとうせん)』など、群馬にちなんだ名前が多く、これらが指定品種となって日本各地に供給されているのです。

 

 

また平成6年に指定品種となったのが『ぐんま200』。これは群馬県の人口が200万人を突破したことを記念して名付けられたと言われており、他の品種で作った生糸よりも更に純白な糸が出来上がります。

そのため近年では日本各地で和装・洋装を問わず利用されており、遠方では沖縄県伝統の染め織物である『首里織(しゅりおり)』にもぐんま200が使われているのです。

 

 

かつては県内の至る所にあった養蚕農家ですが、現在では県全体でも100軒前後にまで減少しています。そんな中でも養蚕文化を絶やさないように、蚕糸技術センターの皆様は日々研究・開発を続けているのです。

 

 

 

2025年11月18日
M-wave Evening Express 84.5MHz『上毛かるたはカタル』

KING OF JMK代表理事 渡邉 俊