2025年9月30日放送 - の:登る榛名のキャンプ村


 赤城山、妙義山と共に上毛三山の1つとして知られている榛名山。

 

榛名富士や榛名湖に加えて山の東側には伊香保の温泉街があり、また1924年には山頂一帯が県立公園に指定されたことで、キャンプはもちろん、一年を通じて多くの観光客が訪れます。

また与謝野晶子や竹久夢二などの著名な歌人や画家も訪れており、たくさんの芸術作品が生み出された場所としても知られているのです。

 

 

さてその榛名山ですが、皆さんはどちらかというと『穏やかな山』というイメージを持っているのではないでしょうか。

確かに浅間山のようにたびたび噴火をする訳ではないのですが、しかし現在も榛名山は活火山に指定されており、約1500年前の古墳時代の頃までは大規模な噴火を繰り返していました。

そしてその時の状況が細かく分かる遺跡が県内にいくつか存在しており、実は今後これらの遺跡から当時の人々の生活についての大発見がある可能性もあるのです。

 

 

例えば渋川市にある黒井峯(くろいみね)遺跡。

当時、榛名山が起こした大噴火によってこの地域は大量の軽石で埋められてしまったのですが、この遺跡では軽石の層の厚さがおよそ2mもあって当時の地面を覆っているため、竪穴式住居をはじめ、それを取りまく生け垣や道、田畑、更には人間や馬の足跡までもがそっくりそのまま残されています。

 

 

また同じく渋川市にある金井東裏(かないひがしうら)遺跡では、同時期に起こった榛名山の噴火によって降ってきた大量の軽石や火山灰に埋もれた人たちの骨が多数発見されています。

中でも珍しいのは、『甲(よろい)を着た人物』が古墳時代当時のそのままの姿で掘り出されたこと。これは日本の発掘調査では初めてのことであり、更には成人女性の骨や乳幼児の頭蓋骨など、当日の人々の生活を知る上での貴重な情報が見つかっているのです。

 

 

 

 

更に高崎市にある北谷(きたやつ)遺跡では、同じ榛名山の噴火によって埋没した豪族の館と思われる跡が見つかっています。

敷地は一辺が約90m。またその内部にはL字型をしたカマドの跡もあり、そこで煮炊きをした時に発生する熱を暖房代わりにして室内を温めていたと考えられているのです。

 

 

噴火による降灰で当時の状況がそのまま保存されていることから、有識者の間でこの地域は『日本のポンペイ』とも呼ばれています。そして現在でもこれらの地域ではレーダー探査などを継続実施中であり、もしかしたら今後、世界の考古学史を揺るがすような大発見がこの榛名山近郊であるかもしれないのです。

 

 

 

2025年9月30日

M-wave Evening Express 84.5MHz『上毛かるたはカタル』

 

 

KING OF JMK代表理事 渡邉 俊