西暦531年に創建された富岡市にある『一之宮貫前神社』。
一之宮とは当時の上野の国の中で最も格式の高い神社という事であり、約1500年もの長い間、上野の国を見守ってきた由緒正しき神社です。
また特徴的なのは、鳥居から階段を下った所に本殿がある『下り宮』であること。
このような構造は大変珍しく、全国に8万以上ある神社の中でも数えるほどしかないそうです。
今年も多くの初詣客で賑わったと思いますが、その貫前神社の本殿を裏手に回ると林が広がっています。
そしてそこに『藤太杉(とうたすぎ)』と呼ばれる1本の枯れた杉の大木が立っているのですが、皆さんはこの杉の木をご存じでしょうか?
この杉、実は日本の歴史の中で『武士』と呼ばれる人たちが出現するきっかけになった杉と言っても過言ではありません。
事の発端は平安時代に起こった平氏の土地争い。この時、平将門が周辺の国々を次々と制圧し、更に朝廷に不満を抱いていた人たちを味方につけて勢力を拡大していきます。
そして更に将門は自分のことを新しい天皇という意味の『新皇』と名乗り、朝廷からの独立を宣言したのです。
これが日本の歴史上初めて”武士”が表舞台に現れた『平将門の乱』です。
もちろんこの将門の謀反に朝廷は大激怒。
そのため全国の武士たちに将門討伐の通達を出したのですが、これに反応したのが現在の栃木県佐野市付近を本拠地としていた『藤原秀郷』。秀郷は貫前神社に36本の杉の苗を奉納して必勝を祈願した後、将門に恨みを持っていた者たちと一緒に出陣。
見事に将門の討伐に成功し、事態を収拾することができた訳です。
しかしこの事件がきっかけとなって地方の武士たちは徐々に勢力を拡大し、政治にも強く介入するようになります。
そして平安時代末期には平氏が事実上の政権を握り、更にその後は源頼朝が武家政権を確立して鎌倉に幕府を開くこととなるのです。
更にその後、新田義貞が鎌倉幕府を破り、群雄割拠の戦国時代、そして徳川家康が創った江戸幕府と約800年に渡って武士が政治的権力を維持していきます。
しかし1867年に大政奉還によって政権は朝廷に返上されて明治政府が確立し、その後は世界の大国を相手にした戦争もありましたが、その間、貫前神社に奉納された杉はずっとその場所で日本を見守って来た訳です。
しかし当初36本あった杉も全て枯れてしまい、現在は1本だけが枯れ木として残っています。
とはいえ、そのドッシリとした幹は今も圧倒的な存在感を示しており、これを奉納した藤原秀郷は別名『俵藤太(たわらのとうた)』とも呼ばれていたことから、この杉は藤太杉と呼ばれているのです。
2026年1月6日
M-wave Evening Express 84.5MHz『上毛かるたはカタル』
KING OF JMK代表理事 渡邉 俊