2026年2月3日放送 - る:ループで名高い清水トンネル


 群馬と新潟の県境に位置する清水峠。

 

1931年、ここに上越線の鉄道トンネルとして全長9702mの清水トンネルが開通しました。

これは当時世界第9位の長さであり、特徴はその前後にループした線路があること。ここを通る電車はこのループを上って行き、清水トンネルを通過したあと反対側のループを下るという形を取っていました。

 

またその後、1967年には新清水トンネルが新たに開通し、従来の清水トンネルは上り線専用、新清水トンネルは下り線専用となります。

更に1981年には上越新幹線の開業に伴い大清水トンネルが開通。現在、この清水峠には合計3つの鉄道トンネルが通っているのです。

 

 

さて、話を戻して最初にできた清水トンネルですが、当時は世界レベルで見てもかなり長いトンネルをこの清水峠に作る為、相当な数の作業員が投入されました。

その数は直接・間接作業員合わせて約300万人とも言われており、またその工事中に合計44名の方が殉職するという大規模かつ危険な工事だったのです。

 

 

そしてもちろん、清水トンネル付近は山深い所に建設された為、当然のことながら周りには何もありません。しかし1日の作業を終えたら山を下り、また翌日山に登って作業を行うとなるとその往復だけで疲れてしまいます。

そのため当時、この清水峠にできたのが『街』。

 

 

皆さんご存知の通り、トンネル工事は両サイドから掘り進めていくのが普通です。

そしてもちろん清水トンネルも群馬側にあたる”土合”と新潟側にある”土樽(つちたる)”に作業員が分かれて掘っていったのですが、工事を行っていた当時はこの2つの入り口付近に作業員とその家族が生活をしていました。

 

 

そのため、その作業員たちの宿舎や長屋はもちろんのこと、合宿所や売店、小学校の分校、診療所、さらには娯楽施設もあったようで、一時は1つの『集落』として栄えたのです。

特に新潟側の土樽付近では宿舎と長屋の数が約190戸に達し、当時は「鉄道村」と呼ばれていました。

 

 

しかし現在この付近に行ってみると分かるのですが、土合にも土樽にも集落があった痕跡となるものは全く残っておりません。それどころか、現在この近くには土合駅と土樽駅という2つの駅がありますが、土合駅については最近グランピング施設や喫茶店などが営業を開始したものの、土樽駅には民家もな~んにもないという状況なのです。

 

 

清水トンネルの工事開始と共に現れ、完成と共に無くなった幻の街。

仕事の為とはいえ、冬は雪が降り積もるので大変な生活を送っていたと思うのですが、どんな街だったのか一度見てみたかった・・・と思う訳です。

 

 

2026年2月3

M-wave Evening Express 84.5MHz『上毛かるたはカタル』

  

KING OF JMK代表理事 渡邉 俊